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<title>マダムオリーブのハッピーコーチング</title>
<link>http://madamolive.osakazine.net</link>
<description>心にさざ波が立った時、それは、あなたが変わるチャンスです。それは焦りであったり、不安であったり、興奮であったり、さまざまな感情となって表れます。今より良くなりたい、このままじゃ嫌、あんな風になりたい…自分を変えたいと思っていませんか？コーチングは、あなたが「なりたい自分」になり、「やりたいこと」をやるために、対話によって、あなたの行動をサポートするコミュニケーションスキルです。</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Thu, 19 Apr 2007 00:47:22 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Tue, 31 Jul 2007 22:23:00 +0900</lastBuildDate>
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<title>悶々とする</title>
<description>うちはとにかく親戚が多い。私も夫も3人兄弟、うちの親は7人兄弟、夫の親は10人兄弟。全員とつきあっているわけではないけれど、実家でも、婚家でも、何かと親戚が集まる機会が多く、そのたびに、ある時は、長女として、ある時は嫁として、そしてある時はいとこの最年長者として、あれこれ気をきかせて動きまわっていた。自分の欲求よりも、相手の都合を優先させてきた。みんなに感謝されたり、褒められたりすることが気持ちよかった。たぶん、そうすることで自分の存在感をアピールできると思っていたと思う。そして、あることに気づいた。感謝されたり、喜ばれたりするととてもやりがいを感じるけれど、だんだんそうすることが当たり前になってきて、いつも感謝されるためには、今まで以上の働きをしなけらばならなくなっていた。ふと気付くと、まわりは楽しげなのに、自分ばっかり忙しく立ち働いている。「あんたももっと動いたら？　気がきかないわね」と、内心毒づきながら、笑顔を作っていた。私って、いろいろなことを気づいてしまうから一番大変なのね、ま、しょうがないか、と自分を納得させていた。納得して動いているのだから、それが私の生き方。結構かっこいいやん、と思っていた。ある日、仲のいい友人に、「苦労してるね。大変そう」と言われたことが、心にひっかかった。……え？　すごいね、って感心しないの？「自分がこうすることが好きだからやっているんだよ。だから全然大変じゃないよ」と、言ったものの、心に刺さったトゲは抜けなかった。……何でこんなに気分が落ち込むんだろう。「幸せな人」に見えていないことがショックだった。「幸せに見えないこと」は、私を不幸せにした。「幸せそう」に見える人と何が違うのだろう？悶々とした気持ちを、ノートに書きなぐった。書けば書くほど、次から次へと湧き上がってくる罵詈雑言の嵐。こんなに毒を貯めこんでいたのかと、びっくりするほど出てくる。「悪口言っちゃいけません」「人に言ったことはそっくり返ってくるよ」子どものころから、しっかりと心に刻み込まれた『ルール』を破って、思いっきり吐き出す快感。書いてみると、自分が何に怒っているのか、何が悲しいのかが見えてくる。そんな悶々とした経験があって、今も、悶々とすることはしょっちゅうだけれど、そこから何かを得る楽しみも見つけた。だから、楽しいだけの、薄っぺらな人生よりも、いろんなことがあって、怒ったり、泣いたり、笑ったりの人生のほうが絶対にいい、と今では思っている。</description>
<link>http://madamolive.osakazine.net/e109615.html</link>
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<category>自分のこと</category>
<pubDate>Tue, 10 Jun 2008 17:49:34 +0900</pubDate>

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